消える記憶。死にかけの記録。過去の行く末を見守る。最後の一冊、開いたページはいかにして閉じられるべきか。記憶の中でしか存在できない懐かしい名前は、息の切れるときを待つばかり。
かつての人が、今ここにいる。形だけの夢、帰る場所もないままに、名残は独り歩く。もはや誰も呼ぶことのなくなった名前、誰でもなくなった「私」というものは、呼ばれることによって初めて「私」という存在としての意味を持つ。死んだことにされた人間、「祝われなかったもの達」……誰もあなたを見ようとしなかったとしても、わたしはあなたを知っている、と言えるのなら。誰かのために在りたいと、それが知らない誰かにせよ、あるいは特定の誰かにせよ、自分が何者かにとって世界の一部であるということが、生きる資格であるかのよう。
ようやく見つけた一粒の砂粒を拾い上げることすらも、人の世は許さないのか? どうすれば首を縦に振ったのか? おそらくなかったのだ。認められないということに、あまりに都合が良かったから。ただそれだけのことだったと知ったとき、一体何が見えると言うのだろうか? 選ぶことすら奪われて、夢とも現ともつかぬ場所をさまよいながら、自分はこうしたかったはずなのだと呟いて、なおも足を引きずっている。腐った水が大地に深く染み込み、わずかに芽吹いた木はみな枯れてしまった。いつしか、あの地はとても住める場所ではないと、噂だけが立ちのぼる。
今ここにいるひとつの現実世界のみが自己の内に存在する。言葉によって世界が形作られる遥か以前にあった、ただのわたしと、ただのあなたが、言葉と共に真夜中の海を越えられると信じても、言葉は言葉、文字は文字、それ自体に、誰も彼もいなかった。では、何を見ようとしていたのか? 声を持たない死者たちのほかに、今を語る者はいない。それなら、ひとりで語るしかない。誰かのために……「私」に残った最後の灯は、暗がりのなかに白くぼやけて映った。
かつての人が、今ここにいる。形だけの夢、帰る場所もないままに、名残は独り歩く。もはや誰も呼ぶことのなくなった名前、誰でもなくなった「私」というものは、呼ばれることによって初めて「私」という存在としての意味を持つ。死んだことにされた人間、「祝われなかったもの達」……誰もあなたを見ようとしなかったとしても、わたしはあなたを知っている、と言えるのなら。誰かのために在りたいと、それが知らない誰かにせよ、あるいは特定の誰かにせよ、自分が何者かにとって世界の一部であるということが、生きる資格であるかのよう。
ようやく見つけた一粒の砂粒を拾い上げることすらも、人の世は許さないのか? どうすれば首を縦に振ったのか? おそらくなかったのだ。認められないということに、あまりに都合が良かったから。ただそれだけのことだったと知ったとき、一体何が見えると言うのだろうか? 選ぶことすら奪われて、夢とも現ともつかぬ場所をさまよいながら、自分はこうしたかったはずなのだと呟いて、なおも足を引きずっている。腐った水が大地に深く染み込み、わずかに芽吹いた木はみな枯れてしまった。いつしか、あの地はとても住める場所ではないと、噂だけが立ちのぼる。
今ここにいるひとつの現実世界のみが自己の内に存在する。言葉によって世界が形作られる遥か以前にあった、ただのわたしと、ただのあなたが、言葉と共に真夜中の海を越えられると信じても、言葉は言葉、文字は文字、それ自体に、誰も彼もいなかった。では、何を見ようとしていたのか? 声を持たない死者たちのほかに、今を語る者はいない。それなら、ひとりで語るしかない。誰かのために……「私」に残った最後の灯は、暗がりのなかに白くぼやけて映った。
これは手に取った一冊の本、ひとつの物語。自分に火を灯した物語は、自ら消すものでも、消されるものでもない。心の奥深くに打ち付けられた楔は、外れることはない。だたし、それは傷ではないし、傷となるべきではない。時折痛むことはあるだろうが、そんなときは、目を閉じて、海の彼方から聞こえる自分の名を呼ぶ声に、静かに耳を澄ませてみるといい。
神の気紛れ、狂人の祈り。去り行く人の願いに、せめてもの手向けを。冬の吐息、流れる煙の向こう、世界はやはり変わらない。それでも、呪いのように首を縛り、救いのように繋ぎ留める血の鎖、そこにあなたがいるのなら、語りうる限りの言葉を以て、あなたはわたしと共にあると語ろう。
「あの人の言葉は、いつも僕に力強く響く」。暗闇に隠れた光を、再び世界に呼び戻す声。言葉を解く。意味を、込められた願いを、失われた過去を解放し、取り戻す意志。死者たちの思い出がよみがえるとき。彼は太陽。焼き尽くすものでありながら、地上を照らす炎。ときに畏怖を抱かせ、苛烈で、荘厳で、ときに素朴で、優しく、人の心に映るもの。すべてを知り、すべてを見届け、なお歩み続ける人。
どうか、良き旅を。そしていつか、輝く夜明けの日に。
作業BGM:
ColdWorld “Walz”
Vvilderness “Sól”
神の気紛れ、狂人の祈り。去り行く人の願いに、せめてもの手向けを。冬の吐息、流れる煙の向こう、世界はやはり変わらない。それでも、呪いのように首を縛り、救いのように繋ぎ留める血の鎖、そこにあなたがいるのなら、語りうる限りの言葉を以て、あなたはわたしと共にあると語ろう。
「あの人の言葉は、いつも僕に力強く響く」。暗闇に隠れた光を、再び世界に呼び戻す声。言葉を解く。意味を、込められた願いを、失われた過去を解放し、取り戻す意志。死者たちの思い出がよみがえるとき。彼は太陽。焼き尽くすものでありながら、地上を照らす炎。ときに畏怖を抱かせ、苛烈で、荘厳で、ときに素朴で、優しく、人の心に映るもの。すべてを知り、すべてを見届け、なお歩み続ける人。
どうか、良き旅を。そしていつか、輝く夜明けの日に。
作業BGM:
ColdWorld “Walz”
Vvilderness “Sól”